夏の夜の夢,岡本かの子,冬樹社.
このところ日中の猛暑で項垂れてしまいがちですが,日が変わる時間帯の外の静けさは,なんとも言われむこころ穏やかな気分を与えてくれるようです.
エアコンをやめ窓からの外気を,
たっぷりと素肌に浴びるひととき,
日々のあせまで吹き流してくれそうです♪
濡れ縁で
ひとり佇み
わがこころ
天空仰ぎて
逢瀬つかのま
時折り浴びる心地よい風のうちは
まるで別世界へ飛び出したかのよう,
憧れびとを想うひとときのランデブー!
いつまでも,ボーッと夢想したい♪
5歳児が眠りから醒めるその時まで!
こんな夜にぴったりな一冊です.
この作品は,岡本かの子さんの晩年,お亡くなりになる少し前の作品です.
岡本かの子さんは,
かの巨匠岡本太郎さんの母.
短歌や詩を嗜み,
小説を生み出した明治時代のお方.
これまで写真でしか出会ったことがありませんでした.
着物姿にワンレングスのスタイルは,令和の時にも,きっと注目の的になったことと思います.
素敵な詩歌を生み出した妖艶そのものの彼女がどんな方だったのか,私はとても強い関心を持っています.
今回は夏をテーマにした作品を味わいたいと思い,探し当てた一冊です.
短編ではありますがしっかりとした文体で大変読み応えのある作品です.
登場人物は主人公の女性と3人の男性.
一人は兄,そして婚約者,それから兄の後輩.
婚約者も兄と同じ大学の同窓生.
主人公の歳子は,月夜に誘われて,兄の家から近隣へ散歩に出かけます.
もうすぐ許嫁となる大切な時,心も落ち着かない頃かもしれません.
特別な用事があるわけでなく,あたりのさまざまな雰囲気に連れ出されているようです.
ある時,
傍らから声をかけられて,驚きますが,
兄の後輩だと知って,
一緒に時を送る間柄となります.
悠久の時を,見ず知らぬ若人と過ごす.
夜食を分ち,
同じ場所の空気,
その風景を馴染む.
一期一会を大切にして,
思いつくまま語り合い,
お互いを水面に写して振り返り.
体験自体が新鮮で,
とても貴重なひととき,
読み手も共に感受できる文脈です.
この途上を,
ゆったりとしたこころもちで,
たっぷりと想像し続ける時を
皆さまぜひご堪能くださいね❗️
先読みは禁物です.
何しろ不謹慎にも色づけして
咀嚼してしまいそうだからです.
最後の一夜では,
「でもよく幾夜も僕の夢遊病症につき合つて下さいましたね。これが最後の夜と思へばお名残り惜しいけれど、もう夜もぢきあけます。僕たちはもうお別れしなくちや……。平凡で常識な昼日中がやつて来ます。僕たちが折角夜中かかつて摘み蒐めた抒情の匂ひも高踏の花も散らされて仕舞ひます。」
と彼からの送辞をいただくのです.
ここまでたどっても,
十分に読み応えがありますが・・・,
この不思議なランデブーをなんと!
開け広げの歳子は,
兄だけでなく,
良人にもその出会いを
話してしまうのです.
読者の私はハラハラしドキドキ💓
とても安心して読んでいられない次節です.
しかし良人の好返球に脱帽いたしました!
「美しい経験だ。・・・あなたのメモリーに蔵つて置くといゝですね。
そして・・・ときどき思ひ出してロマンチツクなそのメモリーを反芻しなさい。
僕もときどき分けて貰ふ。」
なんと見事な対応だろうか!
普通ならきっと
嫉妬の業火に苛まれそうな一場面なのに!
岡本かの子さんは,
もとよりとても繊細と見受けら,
さらに多様な経験とともに拡張され,
大成の途を歩まれたようです.
そのため,
さまざまな肩書きとともに,
きっと順風満帆の人生航路のように,
過ごされたのだと思っておりましたが,
実生活では,
特に結婚後には苦難の時を,
お過ごしになられたようです.
そんな彼女自身が,
人生の折り合いをつけた時期の,
傑作のようにも感じられます.
若かりし頃の体験を礎として,
思いを書き連ねたのかもしれない,
相手を思うこころと,
寄り添って折り合いを見つける,
その絶妙な言の葉と想像いたします.
もし凡庸な私が,
良人と同じような経験をしたのなら,
ぜひともそのこころのうちを,
大きな器に収められるようになりたい,
そんな気分をいただける一冊です🎶
ご興味を持たれた方は,ぜひどうぞ(^o^)/