邂逅/偶然は必然の香りとともに!

「邂逅」多田富雄鶴見和子藤原書店

  邂逅とは偶然の出会いを意とする言葉です.著者の二人も偶然の出会いから書簡を交わしながら,お互いの立場や考え・思いを共有していく過程で親交を深めていきました.

  二人には共通点がいくつかあります.

  その一つが二人は日本を代表する研究者であることです.多田富雄さんはアレルギーを研究する免疫学者で,鶴見和子さんも民俗学や地域社会のシステムを調査する日本を代表する社会学者でした.

  二つ目の共通点はサイエンティストとしての側面に加え,アーティストの側面を持っていらっしゃることです.多田さんは文芸に親しみ自ら謠や能を著していらっしゃる方ですし,鶴見さんもまた,短歌を詠み表現されていらっしゃいました.

   このように文武両道に長けていたとても魅力的で素敵な二人が対談するのが本書になる予定でしたが時を近くして二人とも病に倒れてしまいます.

  この病が三つ目の共通点です.二人を襲った病は脳卒中でした.多田さんは右半身の麻痺,右片麻痺失語症,そして鶴見さんは左半身の麻痺,左片麻痺となりました.

この病気は突然脳にアタックするもので多くの方は予兆すら見落としてしまうようです.四半世紀以上前では生存率が低いとても怖い病の一つでしたが,現在は早期発見によって救命率が高くなっています.それでも多くの場合,一瞬にしてその人の人生さえ変えてしまう可能性の高い病です.

   二人とも倒れる直前までは,とてもお元気で活躍されていたようですから,思いもよらず壮絶なる体験をしたことになると推察されます.本書を読むと二人の体験した病後に一転した心身や生活を垣間見ることができます.書では数ページの記述ですが実際には何ヶ月もの間に渡る出来事であり,筆舌に尽くしがたい壮絶ものであっただろうと思います.このような体験をしたにもかかわらず二人は,新しい自分をそれぞれ見出して新旧の自己と少しずつ寄り添いながら, 前に進んで生きている姿が著されています.その姿がそれぞれの個人的体験とそれぞれの専門領域からの解釈を含めて,共通性を見出しながら,とてもよくわかりやすく示されている一冊だと思います.

   もし二人がお元気で対談した本であったなら,二人の偶然な出会いはそのひとときで終わったかもしれません.その場合は二人がそれぞれの個人的体験と専門領域を分担して書いたような本という印象を持ったかもしれません.でも二人に与えられた書簡を通しての対談は,対面しての会話では得られないとても思慮深いものであり,偶然から時間が与えてくれた必然とも言える二人の深い結びつきから融合された一つのテーマ,どう生きるか,を示す協業の産物としてのより実益的な共著の一冊であるように感じられます.

   病気ではなくても,人生の岐路,転機の時期にある時に是非読みたい一冊であると思います♪