いつもと同じ,いや違う⁉︎そこから始まる物語♪

『台所のおと』,幸田文講談社文庫.

 いつもより長い時間を家で過ごすと,家の中のさまざまな音の変化に気づくことができるかもしれません.

 最近の朝のマイブームは早起きした時限定の家族が仕込んだ味噌で作る味噌汁!

 時間がある時は冷蔵庫の野菜を少し刻んで昆布出しで煮込み,自家製味噌を投入して完成です🎶

 本人は毎日のことだから何も考えずに行っていますが,まだ寝ているはずの家族が実はその「台所のおと」を聴いているとしたら・・・⁉︎


 この小説は小料理屋の佐吉が病に倒れ床に伏しているときに聞こえてくるさまざま台所の音のエピソードとともに展開していきます.


 台所の蛇口のひねられる音,水を出す時の音や野菜を洗う様子,包丁の音を聴いて内縁のあきや店娘のお初の様子や調子を想像しています.

 そして日々起こる出来事を,台所の音をもとに登場人物の心象風景として描いています.

 

 佐吉が耳にした包丁の音が「いつもと同じだな」「いい塩梅になってきたな」「ちょっと変わったな.何かあったか⁉︎」というふうに,捉えるというものです.私も台所に立ちますが,家族が佐吉のように聞き耳を立てていたら少し緊張してしまいそうです💦


 でもこんな佐吉に私からの一押しポイント!水栓を全開にして何かを洗っている音を聞いて佐吉は,みつばでも小松菜でもなくそれがホウレンソウだとわかるということ!

 しかもその量が一把ではなく二把であるというのだからすごい♪

音を聞くことで包丁さばきに留まらず,水の音と野菜の種類までわかるなんて,さすが!

 あきがいつもと違う音を出していると音だけであきが何をしようとしているか何を思っているのかがわかるというのだから.すごいとしか言いようがありません!(ちなみにあきの包丁さばきの音が変わった理由は病状の悪化している佐吉について医師から妻であるあきに予後の告知されたためで,病にひびかぬように気を使っていたようです)

 職人,いま風に言えば,プロフェッショナルな佐吉に私は何か惚れ惚れしてきます.

 佐吉は水や包丁の音だけでなく,包丁を研ぐ砥石の音もすり鉢のあたる音も生活の一部になっています.

 こんなふうに過ごしながら佐吉は内縁の妻や雇いの娘を深く想っている,相手の心根まで見通しているかのようです.そのような小説です.物語はもっと深い話題になっていきますが,そちらは読んでのお楽しみ!


 もし皆さんが自分の立てている音を誰かに聞かれていたらどう思うでしょうか.

 ちなみに,いやだなあと感じたら,つまらないかもしれません.

 この書のはじめの部分に見られる佐吉の詮索のような聴き方なら,落ち着くなくなるかもしれませんが,お互いに相手を思いやる気持ちや自己を内省へと移り行く佐吉やあきのような聴き方なら,とても魅力的であり,醍醐味と言えるように思います!


 病で倒れた佐吉にできる生活の一部が台所の音を聴く楽しみと考えたら,寝込んでも卑屈にならずに良いかもしれませんね♪

 そうそうお互いにあまり気を使わなくて良いかもしれません!私も寝込んだ時の楽しみ方の一つに加えたいと思います🎶


 さて今回紹介した書の著者,幸田文さんは幸田露伴のお嬢様です.

 かなりの文才であったようですが,作品を発表されたのは晩年で,評価を得たのも没後だそうです.他にも多くの著作があり素敵です♪

ところで!

 台所のおとの佐吉は露伴だったのでは⁉︎

 ,と私は思っています♪

 この本の奥底には在りし日の父の姿や文さん自身の思いや立ち振る舞いが表されているように感じられます.

 

 この書は短編10 作品が含まれたものです.

表題の「台所のおと」をはじめとして,秘められたテーマを感じながらグングンと引き込まれてしまうとても味わいのある書です.

 興味を持たれた方はぜひご一読を♪